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仲宗根君のブログ2011年4月より”カミングアウト”

 投稿者:松川  投稿日:2019年 3月16日(土)15時53分40秒
返信・引用
  新会長の儀間さんが孤軍奮闘しているので、微力ながら仲宗根君の力を借りてお手伝い(笑)。

僕の妻の実家は北イタリアの古い貴族家である。文献や家系図では、家の興りは13世紀頃まで遡(さかのぼ)ることができる。

一家はオーストリア女王のマリアテレジアによって伯爵に叙せられた。マリアテレジアはイタリア語ではマリアテレザである。女王にあやかって付けられた名前はイタリアにも多いが、妻の名もたまたまそのうちのひとつでマリアテレザという。

女王が家に与えた爵位には男女の区別はない。従って、呼び方が女性形になるが、妻自身も伯爵である。同時に彼女は伯爵家の18代目の跡取りでもある。

つまり僕は、ヨーロッパの女伯爵を妻に持つ一介の日本人である。これが僕のカミングアウトだ。

こう書くと大変な女傑と暮しているように聞こえるかも知れないが、妻はいたって普通の大人しい女性である。若い頃はイタリア人らしくピーチクパーチク良くしゃべったが、最近は少し年を取ってきてカラスみたいにギャーギャーわめくこともある。

僕は最近まで、妻と妻の実家の事情を隠す努力をずっと続けてきた。


理由は、今でも大きな存在感を持つ彼女の実家に、僕が経済的に世話になっているのではないか、と人に勘ぐられるのがシャクだったからである。

僕は妻の実家とは良好な関係にあるが、彼女の実家からは一銭の援助も受けたことはない。自分の甲斐性で妻と二人の息子をきちんと養ってきた。しかし、伯爵家のことを知れば、人は必ず玉の輿ならぬ「逆玉の輿」などと陰口をたたくだろう。その方が話が面白い。僕がいくら弁解をしようとも、人の口に戸は立てられない。僕もヤジウマ根性盛んなテレビ屋の端くれだ。それぐらいの認識はある。

とは言うものの、僕はヨーロッパの歴史がいっぱいに詰まった伯爵家の有り様(よう)を、日本人にも知ってほしいと強く思ってもきた。家屋が博物館などになって過去の遺産として展示されている貴族の歴史などではなく、今でも実際に人が住まい、呼吸し、生き生きと活動している貴族館の様子を実体験として味わってもらう。

それはめったにできないことだし、面白くて少しはためにもなる貴重な体験だと僕はいつも信じていた。なぜなら、僕自身にとっての伯爵家とは、いつもそういうものであり続けていたから。

そこで自分の中で基準を設けて、それに当てはまる人だけを家に招待した。その基準とは「僕がギャクタマ男の、怠惰なヨタロー的人物ではないことを知っている人々(笑)」というものだった。

その筆頭は家族や友人である。でも日本で普通に仕事をこなし、生活をしている彼らは、そう簡単にはイタリア旅行はできない。従って数は限られた。

次には仕事関係の友人知人。仕事上の付き合いだから、当然彼らは僕の仕事振りを知っているし信頼関係もある。その流れで、大きくお世話になったNHKとWOWOWのプロデュサーやスタッフを中心とする人々に落ち着いた。つまり僕にとってのいわば内輪の皆さんには、妻と伯爵家のことは実は周知のことではあったのである。

このブログを書き続けるなら、僕はどこかで伯爵家のことを話さなければならないと分かっていた。なぜなら、僕が伯爵家から金銭的な援助を受けていない事実を別にすれば、その家の存在は、イタリアに移住してからの僕と僕の家族の生活に深く関わりを持ち続けてきたし、これからも関わり続ける。僕と妻はロンドンで出会い、結婚して東京に移住し、そこからニューヨークに移り住んで、最後に妻の国ここイタリアにやって来たのである。

また、ブログに記す事柄の中には、伯爵家のことを話しておかなければ、恐らく意味が良く分からないような内容も出てくるに違いない。

僕は思い迷った末にこうしてカミングアウトすることにした。

そうすることで、もしかすると自慢だ、気取りだ、威張っているなどと誤解や曲解を受けることがあるかも知れない、とチラと考えないでもなかった。しかし、そういうことは何をどう書いても必ず起こることだから悩んでも仕方がない。あえて無視して僕は早いうちにこうして告白をしておこうと決めたのである。

僕は妻の出自を自慢したりする気は毛頭ないけれども、根が軽佻浮薄でアバウトでノーテンキな男だから、またできれば常にそうありたいと努力をしているつもりの人間だから、伯爵家の在り方や歴史などをひどく面白がる傾向がある。

カミングアウトをした以上は、そうしたことも今後できるだけ書いていくつもりだが、それを自慢や得意やおごりなどと捉えられても困る。

なぜなら、もしかすると、まさにそれが僕のねらいかもしれないではないか!
 
 

思い出 ①

 投稿者:次期同期会会長儀間啓子  投稿日:2019年 3月 7日(木)00時58分10秒
返信・引用
   こんばんは、投稿なさる方がいらっしゃらないので、高校時代の思い出を書き出したいと思います。

 3年生の頃の学園祭のことです。看板の題字も大きく掲げ、3年10組は、「黒船が、ちゅ-んど-!」の沖縄劇をしました。演劇部の部員だったことから、演出かかりとなり、台本を川平朝伸さんに会いに行ってもらい、うちな-いなぐのあんぐわ-3人を登場させる場面も取り入れ台本を作成しました。
   キャスト、衣装係、音効係、大道具、小道具係、照明係、メイキャップ係、ポスた-掲示係に分けてそれぞれの役割を果たしたものです。当時としては、本当に真剣に取り組んだと思っています。時代考証をしたり、読み合わせの徹底、舞台稽古はもとより、カツラを工夫して作ったり、昔の役人や家来、琉球王、ペり-、村娘の顔らしくする工夫をしたり、みな一丸となって取り組みました。

 衣装係は、なんと、真喜志康忠さんから衣装を借りてくるなど本格的だったことを覚えています。手元に、そのときの写真が、何枚かありますが、2年後の同期会に持参したいと思っています。10組だった皆さん、覚えていらっしゃいますでしょうか?

 自分のクラスのことしか覚えていないのは残念ですが、かすかに覚えているのは、3年9組さんが演じた「いとしいとしと、いうこころ」で、若い男女の恋愛模様の時代劇で、久貝さん、兼吾さん、川平さん、与座さんの4人で織りなす素敵な恋物語であったような記憶がありますが?

 長くなりました。また、覚えている内に高校時代の思い出を次回に書き出したいと思います。
皆様も、是非、思い出なり、普段の出来事なり,投稿されて下さいね。では、お休みなさい。
 

次回同期会期日決定

 投稿者:次期同期会会長儀間啓子  投稿日:2019年 3月 1日(金)20時59分56秒
返信・引用
   こんばんは、今日の久米島はお昼から、青空がのぞく久しぶりの爽やかなお天気でした。
今日、午前中、久米島高校の卒業式に参加してきました。小学生の頃う-まくだった教え子の男の子、おてんばさんだった女の子達が、立派に成長して高校を巣立ち、それぞれが選んだ道を歩み始めようとする姿は、感動そのものでした。

 私たちといえば、その高校である那覇高校を46年前に卒業し、今日に至るわけです。
皆さんどのように過ごされたのでしょうか?

会えば笑みがこぼれます。10人十色いろいろなことがあったかと思います。同期の友と再会することで、健康のありがたさを認識し、お互いの頑張りを共有できるのではないかと思うのです。

2年後の同期会の頃は、67歳です。お仕事をされている方も、ちょっと一休みして、同期会に参加して語り合いませんか?


              那覇高校26期生同期会開催について

       期日   2021年 2月13日(土) 17:30~20:45

       場所y   沖縄県市町村自治会館2階

 なお、詳細については、翁長さん初め、今同期会開催にあたりご尽力いただきました幹事さん、元3年10組級友の皆さんと会合を持ち、検討した後に報告します。

「2年後の2月13日自治会館で会いましょう」の声かけよろしくお願いします。
 

お疲れ様でした

 投稿者:次期同期会会長儀間啓子  投稿日:2019年 2月26日(火)02時00分59秒
返信・引用
   こんばんは、次期那覇高校26期生同期会会長になりました元3年10組代表の儀間啓子です。
1月26日に行われた同期会に、久米島から参加致しました。久しぶりに、皆さんとお会いできお元気な姿を見て嬉しく思いました。
 お互いに風貌は変わりましたが(笑い)笑顔や話し方は変わらず、高校時代に直ぐに戻ることができました。
 思えば、那覇高校を卒業してから早46年を迎えようとしていますが、会場で同級生に会ったとたん、あの頃の懐かしい顔を思い出し、嬉しくなって、クラスにならなかった方々にも、つい、声をかけてしまったほどです。
 私は、クラス会や、同期会には、努めて参加するようにしています。なぜなら、月日は経ち、みんな、紆余曲折いろいろなことがあったことと思いますが、集うことでお互いの健康を祝し、みんな同級生は生きて頑張っているんだという力強いエネルギ-をもらうことができるからです。

大げさかもしれませんが「よし、私もみんなのように頑張ろう。」と思うのです。

今回の同期会開催にあたり、翁長会長さん初め、各クラス幹事さん、ご協力いただきました皆様に感謝します。ありがとうございました。とても楽しい同期会でした。参加できて良かったです。

お疲れ様でした。

2年後の開催で、一人でも多くの同級生が参加されてほしいものです。

3年10組級友や幹事さん、協力のもと、次期同期会会長として頑張りますので、よろしくお願い致します。

 

第11回同期会のスナップ写真

 投稿者:前同期会会長 翁長亨  投稿日:2019年 2月25日(月)09時55分46秒
返信・引用
  第11回同期会で撮影したスナップ写真の取扱い状況についてご説明します。

これまでの同期会の写真と同様にteacupへの保存作業を大山毅君が引受けてくれていますが、teacupが無料WEBサービスのせいかアクセスが不安定なため時間を要しています。有料WEBサービスに切替えるなどの対処が最善となった場合、費用に関し次期会長及びクラス幹事による承認が必要になります。そのため、しばらくお待ちいただくようお願いいたします。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2019年 2月11日(月)19時04分26秒
返信・引用
  会長を始め実行委員のみなさまお疲れ様でした。  

第11回同期会報告

 投稿者:前同期会会長 翁長亨  投稿日:2019年 2月 6日(水)14時57分29秒
返信・引用
  以下に、2019年1月26日開催 第11回同期会の参加者数及び収支結果を報告します。

■当日参加者  :144名
・当初参加予定者:176名
・当日飛込参加者: 10名
・当日キャンセル: 42名

■会計報告
・収入        :551,500円
・支出        :713,893円
・積立金からの繰入(※):162,393円
 ※:クラス幹事会において積立金を複数回の同期会費用に分けて使うことを承認済み

以上
 

第11回同期会

 投稿者:前同期会会長 翁長亨  投稿日:2019年 1月28日(月)19時06分0秒
返信・引用
  第11回同期会の出席者は144名でした。季節柄、体調崩されて欠席されたかたが多く、事前集計の人数より少なくなりましたが、皆さん旧交を温められ楽しい時間を過ごされたかと思います。会計報告は自治会館への支払い処理完了後にさせていただきます。

会場でのスナップ写真は、後日掲示板へアップいたします。

次回の同期会は10組(代表:儀間 啓子さん)が主体となり、2年後に開催される予定です。これまで同期会に縁遠かったかたも気軽に参加されることを期待します。

では、皆さんくれぐれも健康にご留意されお過ごしください。
 

第11回同期会

 投稿者:3年8組18番  投稿日:2019年 1月26日(土)23時28分20秒
返信・引用
  久しぶりに会えて嬉しかったです。  

1月26日 第11回 同期会

 投稿者:第11回 同期会会長 翁長亨  投稿日:2019年 1月23日(水)00時58分57秒
返信・引用
  1月26日、会場での受付の流れをご説明します。

1.自治会館2Fエントランスで会費をお支払いください。(男性4千円、女性3千5百円)

2、受付係がイベント用の名札入れをお渡しします。ホワイエへお進みください。

3.ホワイエ内のテーブル上に、予め氏名が印刷された名刺サイズの名札がクラス毎に置かれていますので、ご自身の名札を名札入れに差し込み、ホールへ入室ください。

4.印刷された名札は、事前にクラス幹事へ参加連絡または検討中の連絡を入れたかたの分だけしか用意されていません。ご自身の名札がない場合、後方のテーブルに移動して白紙の名札を取り、「クラス名」、「氏名(&旧姓)」を記入し、名札入れに差し込んでください。必ずテーブル上の管理表に「クラス名」、「氏名」を記入してから、ホールへ入場ください。

懐かしい旧友と会える同期会が数日後に迫りました。どうか体調を整え、楽しいひと時を過ごせる会になることを願っております。
 

1月26日 同期会時に駐車場を利用される方へ

 投稿者:第11回 同期会会長 翁長亨  投稿日:2019年 1月18日(金)23時11分49秒
返信・引用
  1月26(土)同期会時に駐車場を利用されるかたは、次の自治会館契約駐車場の案内を参考にしてください。駐車カードを持参いただき、同期会会場に設置されている認証機を通すことで割引料金が適用されます。  

昭和58年1983年29歳

 投稿者:新川  投稿日:2019年 1月16日(水)17時31分56秒
返信・引用
  多分 7組8組
 

現在の正門

 投稿者:松川  投稿日:2019年 1月14日(月)21時02分30秒
返信・引用
  写真が添付されるかのテストです。
 

ちばりよー、沖縄県代表

 投稿者:宮里 賢  投稿日:2019年 1月13日(日)12時29分34秒
返信・引用
  今日1月13日。

全国各地で成人式が実施されていますね。
京都では、全国弓道大会の前に、三十三間堂で、新女性成人による大会が実施されています。

そして、12時30分から、全国女子駅伝大会が実施されます。
沖縄は気候の関係で、ゴルフは世界的に活躍する競技者もいる反面、
駅伝等の長距離走は低迷していますね。
しかし、復帰前は高校野球も低迷していました。

出場する各県のランナーは、どのレベルの人でもプレッシャーを感じて大変だと思います。
それは承知のうえですが、
全国の代表選手には気張ってもらいたいと思います。

私も、銀閣寺道交差点か百万遍交差点で、往路4区、復路7区で各県代表、
特に沖縄県代表を応援します。
ちばりよー、沖縄県代表。
気張れ、全国各都道府県代表。


速報】第37回全国女子駅伝、予定通り実施


1/13(日) 9:41配信

宮里 賢

下記速報を引用添付します。

京都新聞

【速報】第37回全国女子駅伝、予定通り実施

 皇后杯第37回全国都道府県対抗女子駅伝競走大会は、13日に予定通り開催される。

 大会は、西京極陸上競技場(京都市右京区)を午後0時30分にスタートし、国立京都国際会館(左京区)で折り返す全9区間42・195キロで争われる。

 京都市内では、午後0時25分~3時10分ごろまで、レース発着点の西京極陸上競技場から折り返し地点の国立京都国際会館の間で規制する。五条や西大路、北大路、堀川、紫明、烏丸、丸太町、東大路、今出川の各通で、選手に順行する車両の通行を禁止。白川通と宝ケ池通は片側車線で対面通行にする。国立京都国際会館専用道路は全面通行止め。さらに、選手に対面する車両の右折、レース中のコースでの車両による横断、駐車も禁止となる。

 

同期生見っけ

 投稿者:3年8組18番  投稿日:2018年12月28日(金)06時45分45秒
返信・引用
  同じ日の新聞に載っていた。  

同期会 写真(画像ファイル)提供のお願い

 投稿者:第11回 同期会会長 翁長亨  投稿日:2018年12月 3日(月)15時53分8秒
返信・引用
  次回同期会では、同期生が写った写真(修学旅行、文化祭、卒業アルバム、模合、飲み会、旅行など)を会場で投影する予定で、写真の素材(画像ファイル)を募集中です。次の方法でご協力をお願いします。

①所有している写真を携帯電話やデジカメなどで撮影する。

②撮影した画像ファイルを以下の方法で送信する。

a)翁長へLINEのファイル送信を使って送信する
 -LINEで翁長を友だち追加する際の情報;
  ・LINE ID:To aha または
  ・080 1277 5033

b)翁長へEメールに添付して送信する
  Eメールアドレス:onaga@iiot.or.jp

c)クラス幹事へ画像ファイルを送信またはUSBなどで手渡す

同期会の開催情報は既報の通りです。皆さんへクラス幹事から連絡が届くことになってはいますが、連絡先不明などの理由でまだ連絡が入っていないかたがいらっしゃるかも知れません。連絡が届いていなくても是非ご参加ください。また、長い間参加していないなどの理由で気後れされているかたがいらっしゃるかも知れませんが、一歩踏み出し旧友との時間を楽しみませんか。


【日時】2019年1月26日(土)17:30~20:45 (受付開始:17:00)

【場所】沖縄県市町村自治会館 2F ホール
    住所;那覇市旭町116-37  電話;098-862-8181

【アクセス】施設のホームページを参照ください
    http://okinawa-jichikaikan.com/?page_id=136

【会費】男性4,000円、女性3,500円 (クラス幹事会での決定額)

【出欠】クラス幹事へ、ご都合をお知らせください。
    ご自分のクラス幹事が不明な場合、翁長までご連絡ください。
    Email:onaga@iiot.or.jp、電話;080-1277-5033

                                     以上
 

同期会…徒然なるままに

 投稿者:宮里賢  投稿日:2018年11月26日(月)00時48分21秒
返信・引用
  来年の同期会。皆さんにも連絡が届いたでしょうね。
私にも、3年9組の幹事の神谷君から連絡が届きました。
早速、会場近くのホテルを予約しました。以下、徒然なるままに。

京都は紅葉の盛り。昨日は、哲学の道、黒谷、真如堂を散策して来ました。
「散策」と書きましたが、黒谷と真如堂の間の会津墓地(幕末から鳥羽伏見の戦いまでに亡くなった会津藩士の墓地)を除くと、人、人、また、人。


先週の土曜日には、大学のクラス会がありました。首都圏在住者は、3年程前から年2回、クラス会を開いているようですが、京都では、初めて開かれました。
首都圏、名古屋、三重、愛媛からの参加者もあり、多くの友とは40年ぶりの再会でした。

フルタイムか否かは別として、全員がまだ仕事をしていました。
ただ、弁護士、裁判官を除くと、全員が転職していました。

近況は様々でした。年24回程、全国のマラソン大会を行脚している友や、クラス会に来る前、奥さんと奈良・京都を散策し、万歩計が2万3千余と表示されている友。
一方、手術を2回した友や、毎週、東京から広島に介護に通っている友もいました。

普段は、京阪神、首都圏、郷里と離れていますが、来年5月、「鴨川の床」でのクラス会で再会することを約しました。

そこで、提案です。これからは、毎年、同期会を開催しませんか。
翁長亨君をはじめとする歴代会長さんやクラス幹事さんからは、
「俺たちの苦労も知らないで、いい気なもんだ。」と言われるかも知れませんが。

しかし、これまでの皆さんのご尽力により、同期会開催準備のノウハウや連絡網も
かなり確立されているでしょう。
そして、何よりも、「懐かしい友人、高校生の時から話をしたかったあの人」と、
毎年、再会したいですよね。如何ですか、皆さん。

せっかく、投稿の場があるのです。あなたの意見を書きましょうよ。

宮里 賢
 

次回那覇高26期同期会

 投稿者:新川  投稿日:2018年11月21日(水)14時54分24秒
返信・引用
  次回那覇高26期同期会の開催について、


【日時】2019年1月26日(土)17:30~20:45 (受付開始:17:00)

【場所】沖縄県市町村自治会館 2F ホール
    住所;那覇市旭町116-37  電話;098-862-8181

【アクセス】施設のホームページを参照ください
    http://okinawa-jichikaikan.com/?page_id=136

【会費】男性4,000円(仮)、女性3,500円(仮) (予定参加人数により変わる可能性があります)

【出欠】クラス毎に、クラス幹事から連絡が行きますので、ご都合をお知らせください。
    ご自分のクラス幹事が不明な場合、翁長までご連絡ください。
    Email:onaga@iiot.or.jp、電話;080-1277-5033
 

仲宗根君のブログより”違うこと”は美しい

 投稿者:松川  投稿日:2018年 9月22日(土)17時23分37秒
返信・引用
  イタリアでは豪華客船の座礁事故やマフイァの経済規模がGDPの7%と判明など、国の財政危機に追い討ちをかけるような事案が続き、新聞やテレビなどの大手メディアは、そうしたニュースを追う傍らで政府の緊縮財政策の是非や真偽や問題や影響等々について連日多くの時間と紙面を割いて報道を続けている。つまりイタリア共和国は、150年前に国家が誕生して以来の「いつも通りの」危機を生きていて、そこには普段と変わらない人々の日常が大きくうねりながら躍動し前進しているのである。

僕はここイタリアではミラノにある自分の事務所を基点にテレビの仕事をして来たが、これまでの人生ではイギリスやアメリカにも住まい、あちこちの国を旅し、学び、葛藤し、そしてもちろん大いに仕事もこなして来た。そんな外国暮らしの日々は、いつの間にか僕が大学卒業まで暮らした故国日本での年月よりも長くなってしまった。長い外国暮らしを通して僕はいろいろなことを学んだが、その中で一つだけ大切なものを挙げてみろといわれたら、それは”違い”を認める思考方法と態度を、自分なりに身につけることができたことだと思っている。

国が違えば、人種が違い言葉が違い文化も習慣も何もかも違う。当たり前の話である。ある人は、人間は全ての違いがあるにもかかわらず、結局は誰も皆同じであると言う。またある人は逆に、人間は人種や言葉や文化や習慣などが違うために、お互いに本当に理解し合うことはできないと主張する。それはどちらも正しく且つどちらも間違っている。なぜなら人種や言葉や文化や習慣の違う外国の人々は、決してわれわれと同じではあり得ず、しかもお互いに分かり合うことが可能だからである。

世界中のそれぞれの国の人々は他の国の人々とは皆違う。その「違う」という事実を、素直にありのままに認め合うところから真の理解が始まる。これは当たり前のように見えて実は簡単なことではない。なぜなら人は自分とは違う国や人間を見るとき、知らず知らずのうちに自らと比較して、自分より優れているとか、逆に劣っているなどと判断を下しがちだからである。

他者が自分よりも優れていると考えると人は卑屈になり、逆に劣っていると見ると相手に対してとたんに傲慢になる。たとえばわれわれ日本人は今でもなお、欧米人に対するときには前者の罠に陥り、近隣のアジア人などに対するときには、後者の罠に陥ってしまう傾向があることは、誰にも否定できないのではないか。

人種や国籍や文化が違うというときの”違い”を、決して優劣で捉えてはならない。”違い”は優劣ではない。”違い”は違う者同士が対等であることの証しであり、楽しいものであり、面白いものであり、美しいものである。

僕は今、日本とは非常に違う国イタリアに住んでいる。イタリアを「マンジャーレ、カンターレ、アモーレ」の国と語呂合わせに呼ぶ人々がいる。三つのイタリア語は周知のように「食べ、歌い、愛する」という意味だが、僕なりにもう少し意訳をすると「イタリア人はスパゲティーやピザをたらふく食って、日がな一日カンツォーネにうつつを抜かし、女のケツばかりを追いかけているノーテンキな国民」ということになる。それらは、イタリアブームが起こって、この国がかなり日本に知れ渡るようになった現在でも、なおかつ日本人の頭の中のどこかに固定化しているイメージではないだろうか。

ステレオタイプそのものに見えるそれらのイタリア人像には、たくさんの真実とそれと同じくらいに多くの虚偽が含まれているが、実はそこには「イタリア人はこうであって欲しい」というわれわれ日本人の願望も強く込められているように思う。つまり人生を楽しく歌い、食べ、愛して終えるというおおらかな生き方は、イタリア人のイメージに名を借りたわれわれ自身の願望にほかならないのである。

そして、当のイタリア人は、実は誰よりもそういう生き方を願っている人々である。願うばかりではなく、彼らはそれを実践しようとする。実践しようと日々努力をする彼らの態度が、われわれには新鮮に映るのである。

僕はそんな面白い国イタリアに住んでイタリア人を妻にし、肉体的にもまた心のあり方でも、明らかに日伊双方の質を持つ二人の息子を家族にしている。それはとても不思議な体験だが、同時に家族同士のつき合いという意味では、世界中のどこの家族とも寸分違わない普通の体験でもある。

日本に帰ると「奥さんが外国人だといろいろ大変でしょうね」と僕は良く人に聞かれる。そこで言う大変とは「夫婦の国籍が違い、言葉も、文化も、習慣も、思考法も、何もかも違い過ぎて分かり合うのが大変でしょうね」という意味だと考えられる。しかし、それは少しも大変ではないのである。僕らはそれらの違いをお互いに認め合い、受け入れて夫婦になった。違いを素直に認め合えばそれは大変などではなく、むしろ面白い、楽しいものにさえなる。

日本人の僕とイタリア人の妻の間にある真の大変さは、僕ら夫婦が持っているそれぞれの人間性の違いの中にある。ということはつまり、僕らの大変さは、日本人同士の夫婦が、同じ屋根の下で生活を共にしていく大変さと何も変わらないのである。なぜなら、日本人同士でもお互いに人間性が違うのが当たり前であり、その違う二人が生活を共にするところに「大変」が生じる。

僕らはお互いの国籍や言葉や文化や習慣や何もかもが違うことを素直に認め合う延長で、人間性の違う者同志がうまくやって行くには、無理に“違い”を矯正するよりも「違うのが当然」と割り切って、お互いを認め合うことが肝心だと考え、あえてそう行動しようとする。

それは一筋縄ではいかない、あちこちに落とし穴のある油断のならない作業である。が、僕らは挫折や失敗を繰り返しつつ“違い”を認める努力を続け、同時に日本人の僕とイタリア人の妻との間の、違いも共通点も全て受け継いで、親の欲目で見る限り中々良い子に育ってくれた息子二人を慈しみながら、日常的に寄せる喜怒哀楽の波にもまれて平凡に生きている。

そして、その平凡な日常の中で僕は良く独(ひと)りごちるのである。

――日本とイタリアは、この地球上にたくさんある国のなかでも、たとえて言えば一方が南極で一方が北極というくらいに違う国だが、北極と南極は文字通り両極端にある遠い大違いの場所ながら、両方とも寒いという、これまた大きな共通点もあるんだよなぁ・・・――

と。
 

三条木屋町界隈2・・・徒然なるままに。

 投稿者:宮里賢  投稿日:2018年 9月10日(月)00時47分12秒
返信・引用
   先週、近畿地方は暴風雨、北海道は地震で大変でした。皆さんはお元気でしょうか。
 さて、今日9日の大河ドラマ「西郷どん」では、第二次長州征伐から大政奉還までが描かれました。そこで、幕末・維新期に尊王攘夷論者から開国近代国家建設論者まで、多くの志ある人々の足跡が集中している三条木屋町界隈について記します。
 私が週に2回程夕食をとる店から東に15メートル程歩くと高瀬川にかかった三条小橋があります。その小橋の傍には、佐久間象山と大村益次郎の遭難の碑があります。共に洋学、特に兵学に造詣が深く、象山は過激な尊王攘夷論者によって殺害され、明治維新後の近代陸軍創設の中心人物だった大村は不平士族に襲われ大阪移送後に死亡。
 店から逆に3軒西の建物が「池田屋」という居酒屋です。池田屋騒動の跡地です。御存知のように、ここでは、長州系の尊王攘夷論者が新選組に襲撃されました。運よく襲撃から逃れた桂小五郎は、高杉晋作と共に単純な尊王攘夷論から脱却し、明治維新において大久保利通、岩倉具視と共に欧米流の近代国家建設の中心人物となりました。
 その池田屋からわずか50メートル程南が「酢屋」。坂本龍馬の寓居であり、海援隊の本拠とした店。現在もその趣を残している。 単純な尊王攘夷論者だった龍馬は、象山の弟子だった勝海舟に目を開かされ、開国近代国家建設論者へと脱却。
 その酢屋からわずか100メートル余南西に離れた河原町通り沿いのホテルの入口傍には、「後藤象二郎の寓居、壺屋跡」の碑がある。土佐藩の実力者である後藤は、龍馬から近代国家政治体制の献策を受け、山内容堂の下、幕府に働き掛け、徳川慶喜による大政奉還へと結実する。
 その壺屋跡のホテルから河原町通りを400メートル程南の抹茶カフェの店。店の外の歩道に20人程入店待ちの列があることも多い。龍馬と共に薩長同盟の仲介をした陸援隊の中岡慎太郎の寓居跡とのこと。
 河原町通りを北に戻り、後藤の壺屋跡と中岡の寓居跡との中間程の回転寿司屋の入口傍の碑。居酒屋「池田屋」前の碑と共に立止まって碑文を読んでいる観光客をよく見かける。龍馬と中岡が暗殺された「近江屋」跡です。
 幕末・維新の志ある人は、政治生命だけでなく文字通りの生命を懸けていたのですよね。頭が下がります。
 

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