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イタリアより②

 投稿者:松川  投稿日:2018年 1月20日(土)10時58分36秒
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  僕はシチリア島にたくさんの友人がいる。最近は仕事がらみで出来る友人も多いが、イタリアに住み着くずっと以前からの友人もかなりいる。その中でも最も親しいのは、ロンドンでの学生時代に知り合ったサルバトーレである。僕よりも4歳年上のサルバトーレは、当時はまだパレルモ大学の学生で、一年間の予定でロンドンに語学留学をしていた。イタリアでは30歳近くになっても大学に籍を置いて勉強をつづけている学生が多い。サルバトーレもその頃はすでに28歳になっていた。


サルバトーレは、ロンドンからシチリアに戻った翌年に大学の哲学科を卒業して弁護士のシルビアと結婚した。二人には現在3人の子供がいる。ロンドン時代は「ラテン・ラバー」ともてはやされたサルバトーレも、今は巨大な太鼓腹を抱えるただの田舎のオヤジになって、会うたびに僕を喜ばせてくれる。ロンドン時代、彼のモテモテぶりに少なからず嫉妬心を抱きつづけていた僕は、最早すっかりオヤジ振りが板についた同士とは云え、下腹の有様だけを見れば、今はこっちの方がよっぽど「ラテン・ラバー」だと優越感にひたるのである。



秘密というのではないが、僕は彼と知り合って20年程が経った頃、サルバトーレの口から意外なことを聞かされた。彼の祖父はれっきとしたマフィアの構成員で、組織内の抗争に巻き込まれて射殺されていたのである。祖父はあの悪名高いコルレオーネ村に近い山間部のマフィアファミリーのボスだった。彼はマフィアがまがりなりにも「名誉ある男たち」としての自恃(じじ)を持っていた頃の最後の世代に当たり、主として麻薬密売を一手に握って台頭してきた、若い世代の構成員とぶつかって殺害されたのである。



映画「ゴッドファーザー」の中にマーロン・ブランド扮するドン・コルレオーネとその周辺の対立が描かれているが、あれとそっくり同じ状況がシチリアのマフィアの間で実際に起こっていたのである。サルバトーレの祖父はシチリアの小さな村でドン・コルレオーネに酷似した立場にあった男。これはマフィア関連の文献にも記載されている実話である。



サルバトーレは僕がマフィアに関心を持っていて、シチリア島に行く度に少しづつ情報を集めていることを知っていた。同時に彼は、僕がシチリア島や島の住民を何かにつけてすぐにマフィアと結びつけて否定する人間ではないことも知っていた。だからこそ僕らは長い間友人でありつづけられたのであり、彼はその頃になって祖父の話を持ち出したのだろうと思う。



言葉を変えれば、サルバトーレがマフィアのボスの一人だった祖父の話をしても良いと思うところまで僕を信用するのに、20年の歳月が必要だったとも考えられる。もっともサルバトーレの祖父のことは、僕が無知だっただけで、知る人ぞ知る史実なので秘密でもなんでもなかったのだが、僕は知り合って20年も経った後に、彼自身の口から直接その話が出たことにある種の感慨を覚えたのである。



しかしながらサルバトーレも又シチリア島の人間である。マフィアについては余り立ち入ったことは話したがらない。それは同じシチリア人である彼の妻のシルビアにも言える。ただ僕らは次のような会話をすることはある。



僕「マフィアの構成員って見ていてすぐに分かるの?」

シ「分かるわよ。それは」

僕「サルバトーレ、君も?」

サ「うん。分かる」

僕「君ら二人が分かるということ? それともシチリアの人は皆んな分かるということ?」

サ「分かるさ。誰も何も言わないだけだ」

僕「ふーん。日本のヤクザみたいなものなのかな」



サルバトーレもシルビアもヤクザのことは知っている。僕がマフィアにからませて時々話題にすることもあるが、それでなくてもYAKUZAというのは国際的な言語になっていて、インテリの部類に入るイタリア人はけっこう知っていることが多い。



シ「ヤクザはいかにもヤクザって格好をしているの?」

僕「少し前まではね。今だにそういうのもいるけど、ふつうのビジネスマンみたいになって分からなくなったのも多い」

サ「それでも分かる訳か」

僕「何となく。何かあるとすぐ分かる」

シ「マフィアは何もなくても分かるわね」

僕「服装とかそういうの?」

サ「そうじゃなくて、雰囲気。動き方とか目の表情だとか、握手の仕方、抱擁の仕方・・・いろいろな要素がある」



シチリア人の誰もがマフィアの構成員を即座に見抜く、というのは少し大げさなような気もするが、僕はサルバトーレとシルビアに関しては彼らの話を信用する。サルバトーレは祖父の関係で少しはマフィア内部のことに詳しいはずだし、シルビアは弁護士としての立場上、同じようにマフィアに関してはたくさんの情報を持っているはずである。



マフィアを相手にする司法関係者は、シルビアのようなシチリア人でなければ意味がない、と良く言われる。それはマフィアの精神構造とシチリアの人々のそれが同一の土壌にあって、よそ者には決して踏みこむことができないということである。



たとえば1992年にマフィアに殺害されたジョバンニ・ファルコーネ判事は、シチリア人であったためにマフィアをとことん追い詰めてイタリアの英雄になった。彼はサルバトーレが話したような、マフィアの構成員に独特の動作や目の表情や言葉遣い等に精通していた。同時に彼らを尋問するに当たっては、どういう話し方をしてどういう態度で臨めば彼らに屈辱感を与えず、しかも判事自らの権威を保つことができるかを知悉(ちしつ)していたという。マフィアは屈辱を最も恐れ、権威には従順なところがある。ただし権威とは、彼らが彼らだけの基準で認めた権威である。普通の人が権威と認めるものでも、マフィアはその気になれば何のためらいもなく否定し破壊する。



要するにファルコーネ判事は、シチリア人同志でなければ通じ合わないものを最大限に活かして、仕事をしたのである。そのおかげで彼は、口を割らせるのが難しいマフィアの男たちを次々に落として、組織を追いつめていった。そしてまさにその力量が災いして、彼は高速道路を走行中にマフィアが道路に仕掛けた爆弾によって車ごと吹き飛ばされた。マフィアは時速140キロメートル以上のスピードで走っている判事の車を、遠隔操作の爆破装置で正確に破壊したのである。その2ヶ月後には、彼と二人三脚でマフィアを追いつづけていた、同じシチリア島出身のパオロ・ボルセリーノ判事も殺害される。



シチリア出身のマフィア専門の法曹は、ファルコーネ判事の前にももちろんいた。しかしそのほとんどが目立った成果を挙げられずにいた。それどころかマフィアとの癒着を疑われて世論の批判を浴びる有様だった。シチリア出身の法曹は、同じシチリアの犯罪組織であるマフィアを良く知っている分、マフィアの男たちに取り込まれやすい危険がいつもつきまとっている。ジョバンニ・ファルコーネ判事と相棒のパオロ・ボルセリーノ判事は、誰もが認める勇気と行動力を持って真っ向からマフィアに立ち向かって行った、シチリアの司法史上ほとんど初めての、と言っても良い現地出身の裁判官だったのである。



“マフィアと闘う者はたくさんいる。しかし彼らは実は何もしていない。その証拠に彼らはまだ生きている”とシチリアの人々は良く口にする。マフィアに真剣に立ち向かえば消される、というやり切れない現実を言い当てた格言である。その格言通り二人の判事はこの世から消えた。



実際にシチリア島に足を運び、人々に出会い、資料を集めたりしながら、僕はとりとめもなくマフィアについて考えを巡らせつづけている。いつかはそれをテーマにきちんとした作品を作ってみたいからである。


僕はイタリアの友人や知人に良くそのことを話す。すると誰もが決まって「やめた方がいい。命にかかわるぞ」と真剣な顔で僕に忠告する。僕は命知らずの勇敢な男ではないから、そのたびに少なからずビビってしまう。同時に彼らのリアクションは「マフィアの亡霊」に脅えているだけなのではないか、とも思う。



そうやって不安と疑問と恐怖の間をオロオロと行き来しながらも、僕は一つだけ「大丈夫、危険なことはない」と自分にいいきかせることのできる物を持っている。



それはシチリア島の僕の親友、サルバトーレの存在である。サルバトーレは、僕がマフィアを題材にした作品を制作できないかと模索し続けていることを、誰よりも良く知っている。しかし、彼は一言も危ないとか、やめておけ、といった忠告をしたことがない。むしろ、僕の意図するところには賛成である。弁護士で奥さんのシルビアもそうだ。



マフィアを知悉している二人は、僕が知らず知らずのうちに危険な道に踏みこんだ場合、すぐに警告をしてくれるであろう・・・・・と、僕はひそかに確信しているのである。



とは言うものの、最近の僕は、マフィアを直接に取り上げる映像ドキュメンタリーの意義については、かなり大きな疑問を抱いている。多くのテレビ番組や映画や活字媒体が取り上げ続けてきたテーマに、果たして自分なりの視点や思いや発見を付け加えることができるのか。またマフィアの本質になんらかの形で僅かなりとも迫ることができるのか。そうした重大な疑問に僕は何一つ答えを見つけ出せずにいる。



結局、マフィアをテーマに新しく映像作品を作るなら、ドキュメンタリーではなくフィクションの形でのそれしかないのではないか、と僕は感じ始めている。それは映像ドキュメンタリー監督、あるいはドキュメンタリー作家を自負している自分としては、屈辱であり敗北宣言にも等しい感慨だ。が、ことマフィアに関する限り、僕は茫漠とした広がりを見せる情報と見聞と現実の前に、今のところはなす術もなく立ち尽くしている、という風なのである。
 
 
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