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花火大会

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 8月10日(日)22時35分28秒
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  今年も近くの河川敷で花火大会が行われました。
約30年前から行われているこのイベント、毎年の楽しみの一つです。

昨日(8/9)7時半から、台風11号の影響で雨が心配されたけど、降らずに済みました。
2尺玉の3連発で始まり、全部で2万発だそうです。

徒歩1分の公園から、バカちょんデジカメで手持ちで撮影したけど、なかなかうまく行きません。
高台で、河川敷を見下ろす感じなのでスターマインは特にダメでした。

1枚目、2枚目は打ち上げ
3枚目は自宅前の道路から、自宅の屋根越しから見えたものです。


 
 

満開

 投稿者:管理人  投稿日:2013年 4月 1日(月)22時41分39秒
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  今年の桜は1週間以上早いですね、一昨日(30日)にテレビで満開した、と、言っていました。

残念ながら、開花してからは寒い日が続いていますね、例年なら近所の公園にも花見客が大勢来るのだけど、昨日は小雨交じりと異常な寒さで、日曜日なのに私の他は誰もいませんでした。

今日もう一度行ってみました。自分もそうだけど、年寄り風の人とか何人かは居たけど平日なので静かでした。

「久江はよいとこ、花見にござれ」
これは「久江小唄」の一節ですね。
昔、久江は桜の名所でした。昭和35年まで、久江川の両側には桜の木が植わっていました。
毎年近隣から大勢の花見客が訪れ、大変賑わったものです。
昔、久江の春祭りは4月12日で、桜の季節なので満開の時が度々あり、獅子舞も出て華やかな春祭りでした。
今は獅子舞は出ないと聞いていますが、4月12日なんですか?

久江小学校の春の遠足は花見を兼ねるのだけど、高学年は飯の山まで歩いて行ったものです。
当時は飯の山も桜の名所で、久江と同じく川の両側に沢山の桜が植わっていました。
最近の遠足とはどんなのかな?
高学年でも往復16㎞も徒歩での遠足なんて無いのでしょうね、車も多いし無理だよね。

道閑公園の桜はどうですか、最近は水辺公園にも植樹したそうですが、そろそろ開花するのかな?

写真は今日(4/1)の近所の公園で撮影しました。

 

シャゲの花

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 5月24日(木)22時11分28秒
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  1年も前だけど、昨年5月末に帰省した。
久江に行くと、宮と小学校跡地、道閑公園、黒髪の橋、最近出来た「水辺公園」は必ず訪れます。
(15年以上前だと、車で中原を上り向田さんの所から、更に上、県境も越えて行ったのですが、最近は道路事情が不安で行っていません)

水辺公園近くの橋を渡ると、この先は「アシャダン」一番奥は「桃が滝」だったはずです。
昨年の帰省の時は、この橋の近くで、昔よく見かけた花が咲いていました。
5月も下旬に成らないと咲かないらしく、数十年ぶりに見ました。名前も知らないまま写真を撮りました。

この前、何気なくネットで遊んでいて、「シャゲの花」と言う名を知りました。
4月8日小田原の「一夜城」の山に行った時、盛りは過ぎていたけど見かけました。

1枚目の写真「シャゲの花」
2枚目「アシャダンの入口}
3枚目「黒髪の橋」
 

小澤が聴けなかった

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 1月21日(土)21時53分41秒
返信・引用 編集済
  昨日は「水戸室内管弦楽団」の第83回定期公演。久しぶりの小澤征爾指揮、期待に胸を膨らませて出かけました。
開演は7時。そろそろ団員と一緒に小澤さんが現れる思っていた頃、いつもと様子が違います。楽団の事務員らしき人が出てきて、何やら喋りだしました。何と、内容は「小澤さんは体調が優れず、今日のコンサートには来れない」の話しでした。

客席は騒然と成り、爆発寸前、収集が付きません。ついに客席にいた芸術館館長・楽団総監督の吉田秀和さん、98才の高齢をおして客先に向かって説明されました。
小澤さんの昨日のコンサートから、その後の様子、全くステージに立てる状態でない、時間は戻す事は出来ない、今日のコンサートは指揮者無しでやりたいなど、切々とお話されました。

私は力が抜けて、ただ茫然。2008年の定期公演でも、体調不良(この時は腰痛)で降板された事があり、苦労して入手したチケットだったけど残念な思いがあります。また、昨年1月は食道癌の手術後の、水戸での初めてのコンサートの予定でした。しかし、この時も腰痛が再発という事でチケット発売前に中止になりました。

最近は水戸だけで無く、世界中で小澤さんのコンサートが少なく成りました。今回も水戸のみならず、遠方から「オザワを聴きたい」一心で来られた方も沢山いた様です。
吉田さんの謝罪とお話しの後退席された方も居られました。

今日の曲目は、モーツァルト「ディヴェルトメント」、ハイドン「チェロ協奏曲」、休憩を挟んでモーツァルト「交響曲第35番」でした。
この種のコンサートはスタンディングオーベーションは殆んど無いのだけど、今日は別でした。
沢山の人が立ち上がり拍手が続きました。

終演後、チケット金額差額の払い戻しで、15,000円が5,000円に成り10,000円の返却でした。
今日は特別のコンサートでした。

小澤さん、この先どうなるのかなと、心配しながら帰途につきました。
 

水戸芸術館、復活

 投稿者:管理人  投稿日:2011年 7月12日(火)12時13分13秒
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  水戸芸術館もコンサートホールの天井やパイプオルガンなど、大きな被害を受けましたが、7月9日一部を除き復活しました。
7月9,10日、3ヶ月遅れで82回定期公演が有り、10日は昼間のコンンサートでした。

写真1枚目
芸術館のシンボル「水戸タワー}

2枚目
今日の演目

3枚目
未だ傷痕が残っています
 

震度6強

 投稿者:管理人  投稿日:2011年 3月19日(土)19時14分20秒
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  この度の地震は此方も大きく揺れました。震度6強との事です。
私の感覚では、関東地方は北陸よりは地震が多く、震度3位迄なら度々だけど、11日は揺れ始まりから何時もと違っていました。
只ならぬ感じで、裸足で庭に飛び出しました。揺れは段々大きくなるし、近所の家の屋根から瓦がバラバラ落ちてくるし、時間も長った。
何分くらい続いたのかな?
揺れも収まり道路に出てみると、団地内の石造りの塀は全て倒れています。
我が家でも、大谷石の塀門扉が崩れて、屋根からはエアコンの室外機がぶら下がり、家の中は足の踏み場が無い位に家財道具が散乱、その日は家財をかき分けて寝る場所を造るのが精一杯でした。
幸いな事に家屋の被害は無かったし、何よりも家族全員無事で良かったです。

近くの小学校は築25年だけど、教室棟は危険で使えず、グランドにプレハブを建てるそうで、完成まで(7月)中学校の校舎を借りて授業を行う事に成りました。
昨日、別の小学校で6年生だけの卒業式を行ったそうです。
 

スカイツリー

 投稿者:管理人  投稿日:2010年12月31日(金)22時42分9秒
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  巨大でした。最寄りの駅、業平橋(なりひらばし)に降りると、直ぐ目の前が工事現場です。
沢山の人が見学、撮影をしていました。
完成すると武蔵の国(むさしのくに)にちなんで、634mになるそうです。
ここの展望台は450mになるらしいけど、初日の出の時はどうなるのかな、完成が待ちどうしいです。
1枚目、2枚目は10月15日 押上駅近くで 488m
3枚目、12月3日 浅草「浅草寺」境内から 511m(だったかな?)
 

サントリーホールのイルミネーション

 投稿者:管理人  投稿日:2010年12月19日(日)22時36分52秒
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  12月3日はサントリーホールでマタイ受難曲でした。
毎年12月になると、このホールの前、カラヤン広場ではイルミネーションが飾られます。
1枚目の変わった物体は「響」のモニュメントです。
 

オペラシティのツリー

 投稿者:管理人  投稿日:2010年12月19日(日)22時01分8秒
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  11月23日、オペラシティに行って来た。今年も巨大なツリーが飾って有った。

1枚目、ビル中庭のツリー

2枚目、コンサートホール入口のツリー

3枚目、コンサートホールへの階段
 

10月に帰省

 投稿者:管理人  投稿日:2010年12月 4日(土)20時35分39秒
返信・引用 編集済
  もう、ひと月以上経つけど、2年ぶりに帰省しました。久江のあちこちで工事をしていて車で通れない所がありました。
話によると、上水道の配水管が古くなったので、交換していると聞きました。
また、久江川からの取水も止め、手取川からのものを使うそうですね。これも、もう始まってるのですかね。
何となく大川の水も増えた様な気がしたけど、気のせいかな。季節によって水量が変わるから何とも言えないけど、何れにしろ、昔の水量を取戻せる事は嬉しい事です。

今回の帰省は、他に重要な要件が有ったのだけどそれを済ませ、父の任地を訪ねる旅でも有りました。
70年以上も前の写真や、当時住んでいた住所の番地を頼りに、石川県の南端から北の端までのドライブでした。
加賀市(大聖寺)では、父の設計で昭和11年に完成したした橋「福田橋」を歴史的建造物に登録する準備をしている事を知りました。市役所職員から、この「福田橋」を始め、大聖寺の街を案内して頂きました。
現在は場所は違うけど、勤務地の県の土木事務所にも行き、当時の土木関係の環境等の話しもお聞きして、改めて父の存在を認識しました。

飯田(珠洲市)では私の生誕地の住所番地が、未だ存在していました。
現在住んでいる人にも会い、持って行った写真を見て頂いた所、古い家屋の記憶を呼び起こした様子でした。
珠洲市役所では父の勤め先の写真を見てもらった所、「ここに写っている松の木は未だ残っています、あれです」とか、「当時の県の土木事務所はこの場所(珠洲市役所)です」とかで、私にとっては感激の旅でした。
若くして亡くなった、私には写真でしか知らない父、今年は生誕100年です

1枚目の写真
福田橋の建設中の写真です。右端「背広」に「帽子」の男性は父です

2枚目の写真
昭和11年、竣工の写真です。

3枚目の写真
10月19日撮影です
 

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