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この間実家に行ったときの母の話です(以下、全部「 」内は母の台詞)
「『蝿は手を摺る足を摺る』って言うけれども、あれは本当だなって思ったのよね。
お母さんが疎開していたとき(注:戦時中、母は空襲で家を焼かれ、戦後間もなくまで家族で田舎に
疎開していた)、ほら、昔は今より蝿の数が多かったでしょ。だからテーブルにご飯を作って
置いておくと、蝿がブンブンブンブン飛んで来て、手でずっと払っていなければ、すぐにあちこちに
止まっちゃうのよね。今みたいに蝿帳(テーブルの上の食べ物にカポッとかぶせる網みたいなもの)
もないし、新聞紙をかぶせておいたって、その隙間から入ってくるんだから、常に一人、蝿を
追う人が必要だったしね。ご飯を作るおばさんは大変だったと思うのよ。
ある時、お昼にラジオで何かやるからみんな聞くようにって言われても、その家にはラジオが
無くて、おばさんが『みんな分家に行って聞いておいで。おばさんが蝿を追っ払っておいて
やるから』って言ってくれて、それでおばさんを一人残してみんなでラジオを聞きに行ったのよ。
帰ってから『何のラジオだった?』っておばさんに聞かれて『何か戦争が終わったみたい』って答えたら
おばさんが『私も天皇の声を聞きたかったわ』ってすごく残念がってね・・・」
疎開中の話はそれまで何度も聞いたことはありましたが、今回の蝿の話は初めてでした。
テレビや教科書で聞く8月15日の話は、国民全部がラジオの前にひれ伏し、全員が涙する話
でしたが、大きな歴史の曲がり角であっても、人々は日常生活の中にいるのだなあ、と何だか
感慨深いものがあったのでした。
何で蝿の話になったのか。はじめは、俳句は見たままを詠まなければいけない、という、
それなりにそれなりの話をしていたのですが。
昨日の牧心塾で歌った「夜が明けた」の輪唱、懐かしかったです。私は短大時代に、玉川の
塾で過ごしました。朝、屋上で洗濯物を干していると、まだ古い小学部の校庭から、朝礼で
歌っている輪唱がよく聞こえたものです。
C.Nさん、お元気そうで何よりです。合宿でお話できて、本当に嬉しかったです。
紙芝居を見ている子どもたちの、キラキラした瞳を想像してしまいました。
私も先生から頂いた教材を、使っていきます(と、ここで宣言。有言実行、です!)
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